付録7. エピジェネティクスという次元
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遺伝情報はこの4種類の文字を線状に(一次元的に)並べたものとして表すことができる
だがDNAを含め、生化学的な分子は、実際には立体的な(三次元的な)構造をとっている
DNAのヌクレオチド鎖は二重螺旋構造をとる
そして、DNAの三次元的な構造の性質によって、どの遺伝子が発現するかが決まる
すなわち、どの遺伝子が活性化してその情報を基にタンパク質が合成されるかは、DNAの立体構造によって決定される このDNAの立体構造は、塩基配列だけで決まるわけではない
「エピジェネティクス」とはDNAの塩基配列の変化なしで遺伝子の発現を調節する仕組みのこと、あるいはその仕組を研究する学問領域のこと 生物学の比較的新しい分野であり、遺伝子発現の長期的な制御の仕組みを解明しようとするもの
この化学修飾によって、DNAの立体構造が変化する
哺乳類では、エピジェネティックな変化の大部分は出生前に起こる
多くのエピジェネティックな変化は環境条件によって誘発されるので、身体的な環境や社会的な環境への応答として、ある特定の遺伝子に特定のエピジェネティックな変化が生じると予測できる場合もある
だが、エピジェネティックな変化は基本的にランダムに生じるものもある
実験に用いられる同質遺伝子系統のマウスには、同系統なら別個体でも遺伝情報は同一でもあるにもかかわらず、実に多様な表現型変異が見られる エピジェネティクスは発生学に莫大な影響を与えている
たとえば毛母細胞でも血球でもニューロンでも、あなたの体を構成するどんな細胞もすべて遺伝的に同一なのに、細胞によって表現型は大きく異なっている 表現型が異なるのは、エピジェネティックな面での差異があるからである
だが、エピジェネティクスは進化を理解するうえで役に立つだろうか?
この問題に対する興味は、特にエヴォデヴォのコミュニティで高まっている 議論の中心になっているのはエピジェネティックな遺伝 どの程度普遍的なのか、そして進化に関係するのかどうか エピジェネティックな遺伝とは、DNAの塩基配列の変化を伴わないエピジェネティックな変化が起こった状態が次世代に伝わり、その結果、遺伝子発現度の変化が次世代に伝わること エピジェネティックな変化が細胞分裂を経ても受け継がれることはよく知られている
ある細胞で、DNAやヒストンが化学修飾されることによりエピジェネティックな目印がつけられると、その細胞の子孫(娘細胞)はすべてそのエピジェネティックな変化を受け継ぐ 血球の前駆細胞からニューロンができないのはそのため これは体細胞におけるエピジェネティックな遺伝(エピジェネティックな状態の継承) エピジェネティックな遺伝が、塩基配列というDNAの一次元的な構造のように、親から子へと世代を経て受け継がれることもあるのだろうか?
それが起こるためには、次世代へ受け継がれる唯一の細胞群、すなわち生殖細胞である精子や卵細胞にエピジェネティックな目印が存在していなければならない さらに、このエピジェネティックな目印が受精卵に伝達される必要もある 世代を経て伝えられるエピジェネティックな遺伝が様々な植物や動物で起こっているという証拠は、十分に見出されている
養殖場のキツネやウマなど多くの家畜動物の前頭部に頻出する白斑(星とも呼ばれる)は、標準的なメンデル遺伝では説明のつかない方式で遺伝する だが、エピジェネティックな遺伝が進化に関与しているというためには、前提条件が2, 3必要
エピジェネティックな変異(エピジェネティックな変化による変異)が非常に多様であること
このエピジェネティックな変異が遺伝的変異(塩基配列の変化による変異)とは独立して起こること
同質遺伝子系統のマウスはこの両方を満たしてくれる
とはいうものの、今日までの証拠は、エピジェネティックな遺伝が植物や単純な生物では普通に見られる一方で、哺乳類やその他の脊椎動物ではかなり珍しいことを示している(Jablonka & Raz, 2009)